歴史HISTORY
大友宗麟が築いた
南蛮文化と豊かな自然
本市は、7世紀に豊後の国府が置かれて以来450年にわたって政庁所在地として栄えました。鎌倉時代には大友氏が守護となり、16世紀半ば、大友宗麟公の時代には九州9ヵ国中6ヵ国を領有し、南蛮文化を取り入れて、日本を代表する国際色豊かな貿易都市として、繁栄しました。江戸時代には、小藩分立の中、熊本藩港町鶴崎、岡藩港町三佐、臼杵藩在町戸次などの独特の地域づくりが展開されました。
明治4年には、大分県の県庁が置かれて再び行政の中心となり、昭和38年の6市町村合併、翌39年の新産業都市指定を機に飛躍的な発展を遂げました。
そして、平成9年の中核市指定を経て、平成17年1月の佐賀関町及び野津原町との合併により現在の大分市が誕生しました。
平成23年4月に市制施行100周年を迎え、ますますの飛躍が期待されているところです。
自然NATURE
本市の地勢は、高崎山をはじめ霊山や鎧ヶ岳(よろいがだけ)(野津原地域)、樅木山(もみのきやま)(佐賀関地域)などの山々が連なり、市域の約半分を森林が占めるなど、豊かな緑に恵まれています。また、これらの山々を縫うように県下の二大河川である大野川、大分川が南北に貫流しながら別府湾に注いでいます。海岸部においては、北部沿岸海域は水深が深い、良港となっています。
このように、海、山、川の全てがそろい、自然と都市が近接しており、優れた生活環境を有しています。
気候CLIMATE
本市の平坦部は、東、南、西にかけて山地で囲まれ、北面は別府湾に臨んでいます。こうした地形及び位置の関係から、温暖少雨を特色とする瀬戸内海式気候区に属しており、沿岸部では年平均気温が17℃以上と気候には恵まれています。